大切な人を癒す?ならまずは声かけてみないとね。

古民家?の軒先
スズメが6羽ほど集まってチュンチュン♪
かわええ~~
(* >ω<)(* >ω<)(* >ω<)

 

 

さてさて、
身近な人、癒せてます?

 

癒しの手法なんて持ってない?
そんなことは関係ありません。

 

何も問題ない時は特にいらん。
けど、心であろうが、身体であろうが、不調っぽいなら、ちょいと目を向けてみる。

 

声かけ、手当て……なんだっていい。
「声かけにくいから」
「きっと大丈夫そう」
「いつものこと」
「私に出来ることは無い」
「放っておくのが一番」

 

は?いやいや。

そこらへん、すべて言い訳だからねーー。

 

不調までいかずともさ、身近な人がいつもとちょっと違って、気になるっていうなら、ちゃんと気にしとこ!
んで、それは行為のみで伝わることもあるけど、ギャンブル性も高い。
結局のところ会話です。
・言葉をかける。
・言葉を交わす。
気にしているという主張は、言葉にしなければただの空想。絵空事。

 


「察して!察しろ!」論争は論外。
察するってのは個人の裁量・度合いなので、論議するまでもない。

 

気にして、言葉をかけて、
その結果の先にのみ、次の行動がある。

 

ま、それはあくまで身近な人で大切な人だからこそ、の話。
そこまで親交深くない人に「同じような気持ちで接する」のは、相手にとって介入されると認識するかもしれず、不要な軋轢を生むことさえある。
要は「過度なお節介」。
ここらへんの度合い判断は難しいですけどねーーー

 

そうそう!
さらに何らかの手法を持っているなら尚良し。
マッサージでも、セラピーでも、タロットでも、ヒーリングでも、なんでも。

 

ただ、求めているものが、
・癒しなのか
・スッキリすることなのか
・問題解決なのか
・愚痴吐きなのか
その理由によっても異なる。
だから、まずは声かけ。言葉にする。
何を望んでいるか、だ。

ひょっとしたら、、
空想にふけっているだけかもしれない。

ひょっとしたら、、
瞑想でもしているのかもしれない。

ひょっとしたら、、
身体が冷えてるのかもしれない。

ひょっとしたら、、
お腹が減ってるのかもしれない。

 

お腹が減っているなら、
そんなん!
何か食べるのが一番!

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